曇り 時々 晴れ 夜半~雨
最高気温:24.3℃ 最低気温:16.1℃
「第115回秋季中国地区高校野球大会」:22日の開幕を前に出場校の紹介記事が出ていました。
岩国高校(山口県1位):2年ぶり16回目の出場。今夏のレギュラー6人が残る。先頭打者の吉村(主将)は選球眼が良く、出塁率が高い。各打者は振りが鋭く、河口監督は「上位、下位どこからでも打てる」と言う。6試合で14犠打、15盗塁と小技や機動力も。変化球で打ち取る右腕のエース菱田を中心に継投でしのぐ。
対戦校の鳥取商(鳥取県3位):3位決定戦では延長10回を制し、中国大会の切符を手に入れた。1年生投手の原田は走者を背負った場面でも動揺せず、打たせて取る投球で準々決勝と3位決定戦を完投し自信をつけた。攻撃では打率5割を超える安本が引っ張る。抜きん出た選手はいないがチームワークで勝利をつかむ。
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曇り 時々 晴れ 最高気温:23.6℃ 最低気温:13.6℃
程よく涼しくて気持ちよい秋の日が続いています。
そんな良い日に珍事が起こりました。と言うよりは起してしまったのですが・・。珍事ではなく、実は起こってはならない事だったとも言えます。私の家に車で通じる道は2本で、1本は両側が田圃の細い道。もう1本はぐるりと住宅を回って行く道です。田圃の道は三角形の一辺を行くので、近いのですが、「君子危うきに近寄らず」で通らないことにしていました。でも、この道を「黒ネコ」の配達の車はスイスイ入ってくるのですが。どうした心境の変化かは自分でも図りかねますが、1ヶ月前からその道を通るようになりました。走ってみれば何て事もありません。連れ合いは「今に落ちるぞ」と警告を発していましたが。今日、落ちました。両側が水の所を通り過ぎた安全地帯で側溝にガッタンと。左の前後輪が完全に外れていて、連れ合いと畑にいた近所の男性がみて「こりゃダメだ」と。保険屋さんに連絡して、クレーン車が来てガガ~と持ち上げてくれました。新幹線で東京を往復して、品川駅前のホテルで一泊するくらいお金が掛かるようです。それを聞いて思わず「ワオッ」と言ってしまいましたが、不幸中の幸いで私も車もかすり傷一つ受けませんでした。滅多にある事ではないので、写真を撮っておくべきでした。それに気付かないとはやっぱり動転してたのかしらね。
晴れ 最高気温:23.3℃ 最低気温:12.1℃
岩国市議会議員選挙が24日に実施されます。昨日告示がされ、議員定数32に対し43人の立候補者がありました。これまでの議席数は34でしたが、今回は2席減りました。本当はもっと少なくても良い気がしますが・・。国政選挙時には滅多な事ではここまで選挙カーは来ませんでしたが、市議となると取っ替え引っ替え現れてウグイス嬢が(まだ嗄れていない声で)「お願い」を繰り返しています。岩国は今大変な時を迎えており、とても大切な選挙です。
晴れ 最高気温:24.3℃ 最低気温:10.2℃
「第115回秋季中国地区高校野球大会」:15日に大会組み合わせ抽選が行われました。中国5県の内、4県からは県予選で勝ちぬいた3位までの3校・開催県の島根県から4校が出場し、16校が戦うことになります。我が岩国高校は開幕から2日目の23日に鳥取商業高校と対戦します。
秋晴れだった今日午前中は、地区子ども会の芋ほりに参加しました。子どもの数よりも大人の方が多かったような・・。
午後は毎年行われているのに一度も行った事がない「岩国まつり」を覗いてきました。この欄で紹介しようと取材の積りでしたが、カメラを車に忘れて誠に残念!いつもは閑散としている駅前周辺に驚くほど人が出ており、公園や駐車場・歩行者天国になっている国道などで、とにかく若者(ばかりとは言えない)が踊っていました。派手な色彩のピラピラした生地の衣装をつけての「よさこい踊り」です。至るところに屋台が並び、イカやポテトのにおいをまき散らして胃袋を刺激しています。「こんなに人がいるんだ~」とちょっと驚きました。
芋畑から山陽線の線路を越えたところに見えるのが神社です。
暑い日ざしを浴びながらせっせと掘ります。
晴れ(だったらしい) 最高気温:25.0℃ 最低気温:17.0℃
夕刻、お江戸から戻りました。お江戸は人が多い上にコンクリートジャングルなので、想像以上に暑くて疲れました。
今回は知人のお見舞いのための上京でしたが、ここ数年いつも頭から離れない「人が生きる事・死ぬ事」について考えさせられました。「よく生きる」ことも大変だけど「よく死ぬ」ことは更に大変です。自分はどんな風に死ぬ事ができるのか・・
通津の自然の中に戻ってきたら、やっと安らかな気持ちになれました。
帰ってきた家で気持ちを癒してくれたのは、玄関のハロウィン飾りや道端の曼珠沙華です。
晴れ 最高気温:25.5℃ 最低気温:16.0℃
歩くには少々暑すぎるくらいの秋日和、「石仏めぐり」で歩いてきました。晩年を通津で暮らしこの地で亡くなった陽明学者「東 沢瀉(ひがしたくしゃ)」所縁の場所を訪ねる企画です。灘中学校の校歌に「たくしゃが浜に打ち寄せる・・」という歌詞があり、3年間何気なく歌っていました。「たくしゃが浜」の「たくしゃ」とは実は彼の事で、隠居するまで塾を開いていた面高(おもだか)の浜辺が「たくしゃが浜」だったと知ったのは数年前です。知れば知るほど、昔の人は若くして「真の大人」だったと感心します。人生50年だから生き急いでいたかのようです。大河ドラマの龍馬にしても20歳代だし、山口県の吉田松陰も(老成しているようで)20歳代です。今は寿命が延びた分、心身の成長が遅れているのかなー。
筆者は明日から数日間お江戸へ行ってきます。