晴れ 時々 曇り 最高気温:9.0℃ 最低気温:-0.2℃
目を覆いたくなるような津波のもたらした現場ですが、被災した方々が少しずつ元気を取り戻して来られ、「絶対に復興します!」と語っておられる姿が頼もしく感じられて嬉しいです。
一方、目に見えない被害の恐さがジワジワ・ドンドン強くなります。大気中に混ざり、雨となって地中に浸みこんで行く姿の見えない放射能に対処する方法はあるのでしょうか。狭いこの島のどこに逃げ出せば良いというのでしょうか。毎日何度も聞く「直ちに影響はない」との言葉の意味するものは?政府も東電も頑張っているのは解るけれど、「外気に触れるな」「水を飲むな」「魚を捕るな」「作物を食べるな」「種を蒔くな」と言われて不安を感じない人はいないでしょう。これはもう地球の悲鳴としか思えません。
晴れ 時々 曇り 最高気温:13.6℃ 最低気温:0.5℃
被災地や放射能被害を伝えるTVを見るのは辛くても目を離すことができません。
「その立場にならなければ当事者の気持ちは解らない」とは、何かにつけて言われる事です。だからと言って誰もが全てを体験できる訳ではありません。医療現場の医師や看護師があらゆる病気を体験していては仕事ができません。過って(耳が遠くなり、目にも視野欠損があった)母から言われたのは「あなたもなってみれば解るわよ」でした。きっと母とのやり取りの中で心無い事を私が言ったのでしょう。その時は「そうね」とだけ答えましたが「ごめんなさい」とは言えませんでした。その時の事を決して忘れる事ができません。
今、被災地で「一杯の水」「温かいおつゆ」「ドラム缶のお風呂」に心からの喜びと感謝と笑顔を見せている人々は、きっと震災以前より何倍もの「大きな人」になられる事でしょう。
晴れ 時々 曇り 最高気温:13.9℃ 最低気温:6.6℃
TVに映し出される町の殆どは訪れた事がない町です。活気に満ちていたり、古い歴史を秘めていたりしたはずの町は壊されてしまいました。我が家の周辺を歩く時は、(石坂洋次郎の)「山と川のある町」に加えて「ここには海もあるし・・」と心の中で自慢でした。11日の震災に遭われた町もそのような町です。海があり、川があり、山がある町を住人の方々はどれほど愛してこられた事か・・。何かにつけて思いが彼の地に飛びます。
震災には直接関係ないかも知れませんが、どこかで繋がっている気がして仕方ない事があります。ここ10年以上前からでしょうか。合理化のための「統廃合」があらゆる部門で実施されてきました。合理化の必要性が解らない訳ではありません。ただ、そのなかで「大切なもの」が失われていくのが残念で仕方ありません。そう感じるたびに思い起す言葉は「simple is best」であり「small is beautiful」です。
高山に植えた桜の苗木は40本。2年を経て(悪条件にも関わらず)生き延びているのは30本くらいです。その内の「緋寒桜」3本が花をつけました。
雨 最高気温:13.3℃ 最低気温:9.9℃
春分:この日太陽は真東から昇り真西に沈み、昼と夜の時間がほぼ同じになる。
彼岸の中日
2006年3月に「平成の大合併」の掛け声の元、岩国市は8市町村が合併しました。先日合併5周年を記念しての式典が行われ、今年1月に制定された新しい「市民憲章」の石碑が市役所で除幕されました。石碑をデザインしたのは岩国工業高校出身の彫刻家・澄川喜一氏(元東京芸術大学長)で、氏は今話題の東京スカイツリーのデザイン監修も務めている方です。氏は記念講演で「錦帯橋は私の初恋の相手。古代の知恵は面白いと思うきっかけを与えてくれた。彫刻家になったのも、スカイツリーの仕事も、全ての原点は岩国・錦帯橋にある」と話しました。
それにしても驚いたのは、合併から「もう5年!」って事です。市の面積は(確か)県で2番目位に広くなりましたが、殆どが山地なので「人口よりイノシシやクマが多いです」と冗談を言ったのはついこの間だと思っていました。
錦帯橋に象徴される美しいまち岩国
わたしたちは この地を愛し
ふるさとが育てた偉人に学び
教養を高め
誇れる岩国を築き 引き継ぐために
この憲章を定めます
大切にしたいもの
それは みんなの夢 みんなの命
守りたいもの
それは 豊かで美しい自然
伝えたいもの
それは 歴史や伝統 文化の香り
広げたいもの
それは 世代や地域を超えた人の和
創りたいもの
それは 岩国の輝かしい未来 (平成23年1月1日制定)